良い気がする人間は居ない

結局嘘をつかれて良い気がする人間は居ない。

やましい事がある訳でもないのになんとなくで嘘をつかれたら侮辱された様な気分になるのは誰もが同じじゃないだろうか?

では、何故人はそれでもスワッピングをついたり、
自分がついた嘘はセーフで相手の嘘はアウトだと許せないのだろう?

また、そんな状況になった時に相手の嘘を許すべきか別れるべきかの境目はどこで判断すれば良いのだろうか?

私の以前の彼氏にそんな嘘が好きな男が居た。

仕事の後の飲み会を隠したり、
友達と行く旅行や旅先を隠して私は彼の母親から真実を聞かされたり。

その度に喧嘩しながら結局2年も付き合った。

今となって、何故もっと早く別れなかったのか自分でも疑問に思う最低彼氏だったが、
当時は嘘が発覚する度に喧嘩をして真実を確信出来たら仲直りを繰り返していた。

そして当時は、何故そんな下らない嘘を繰り返すのか元カレの意図は分からなかったが、
今なら1つ言える。

『浮気じゃないなら素直に言ってくれたら普通に送り出すのに』

言葉では寛大に言う私も、いざSMにそうなると面白くない態度をしたり、遊んでる最中に度々連絡を取ろうとしたりと彼を縛り付けていたのだ。

それでは彼氏も気が抜けない、友達と遊んでる時まで彼女の監視の元でとなれば5歳の子供に戻らされた気分で大の大人がイイ気はしないだろう。

勿論、私がそうなる迄には理由があった。

私と約束してる時でも遊びの飲み会を優先する。
流石に素直に理由を話すのは気が引けたのか、
仕事や体調不良と嘘を重ねて断ってきては隠し切れずにすぐバレる。

素直に話してくれた時、
『帰ってきたら連絡して』とお願いした1つの頼みさえも忘れる。

でも、今になって見ればどっちもどっちの悪循環でもあったのだ。

今でも、初めに嘘をついた元カレが絶対的に悪いと思ってしまうが、
初めの段階で1度の嘘を本当に許せるかどうか曖昧な判断で関係を続けたアタシにも、結局その後の付き合いを楽しくないものにしてしまった責任があるだろう。

許せないのなら許した振りをしてはいけなかったのだ。

結果的に私は彼と別れてからも男性の些細な嘘に敏感になり、
いつの間にか信じる事が恐いとトラウマを抱えた様な面倒な女になってしまった。

それが本当に自分に許せない事で嫌なのか、
トラウマで過剰反応してしまう病気なのかも自分で分からなくなってしまった。
今思えば、きっと当時の相手は私と繰り返した疲労感タップリのバトルを思い出して、次の彼女が出来ても余計に秘密主義を貫く癖がついてしまってるのかもしれない。

付き合って半年・1年のカップルなんてある意味生後6ヶ月や1歳の赤ん坊と同じでまだ分からない事だらけだ。

相手との接し方や距離感、探りながら学んでいくしかないのだ。

自分の時間が欲しくなった時、
やるべき事があると分かりながらも足を止めたくなった時、
どこまで素直に話して良いか分からなければ、
人は喧嘩にならない為の配慮として嘘を活用する事もあるかもしれない。

肝心なのは、
そんな時に相手の心配はお構い無しで放置したまま逃げようとする恋人なのか、
万が一嘘がバレても、
『あの時本当は飲みに行ってたみたいだけど、
ずっと私とメールしてたし電話にも出てくれたからやましい事はなかったと思うわ』
等と、可愛い嘘でしかなかったんだと信じさせてくれる恋人なのか。

嘘ははじめからつかないに越した事はないし、
小さな嘘で信頼を見失う事は沢山あるだろう。

ただし、普段ラブラブなセックスがそれぞれの時間を欲した時、
相手と居るのが嫌な訳じゃないからこそ、
こう言った嘘をついてしまう人も少なくないのではないだろうか?

一気にとはいかないかもしれないが、それがバレた時の対応次第で相手ももっと素直になってくれる可能性もあるのだ。

『嘘をついた』の一点ではなく、
それに勝る愛情が互いにあるかなど、
全体で誠実か不誠実かを見極める力を備える事が相手との関係や真実の相手を見付けて恋愛を充実させる為の一番の近道かもしれない。

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2012年1月23日 | コメント/トラックバック(0)|

カテゴリー:日記

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